私にとってTOPSは唯一無二のプログラムでした。オックスフォード大学に滞在する一見同様のプログラムは数多あれど、実際に普段から学生を教え、各分野の最先端にいる教員による授業を受けられるプログラムは他に類を見ません。滞在中には、様々なゲスト講演やロンドン、コッツウォルズ、エディンバラ等への社会見学もある。何より(今は他の分野にも拡大していますが)そこで勉強する分野が「法学・古典学」である。東京大学で文科一類に入学しつつも、大人数の法学入門の授業より、法学部の教授が興味関心の赴くまま少人数で開講するゼミで、「オデュッセイアの舞台は現代ギリシャのどこであったか」(『Odysseus Unbound』)や「オックスブリッジを目指す高校生たちの生活を描いた演劇」(『The History Boys』)等に時間を割くことを良しとしていた私にとって、参加しない理由はありませんでした。そして、オックスフォードで過ごした一夏があまりに楽しかった当時大学2年生の私は、後期課程の専攻を西洋古典学に決めてしまったほどでした。その後、今度は参加者兼チューターの形で、2015年・2016年のTOPSにも参加、結果的に大学生活はほとんど毎夏イギリスに行くほど惚れ込んでしまいました。大学卒業後、私はコンサルティング会社に就職、2021年からはロンドンオフィスに赴任し、イギリスや欧州の企業に向けた仕事をしております。将来はイギリスに留学したい、イギリスで働きたい、と考えている読者もいらっしゃるでしょうから、TOPSでの経験(あるいは西洋古典学を学んだ経験)が今の仕事にどう役に立っているのか、簡単に考えてみたいと思います。まずこの考え方はどうでしょうか。「古典学は法学・政治学(ひいてはビジネス?)の基礎になっている」・「西洋人は古典学を教養として学んでいる」、なので「西洋人と話す・ビジネスを行う際に、古典学を学んでいると同じ土俵に立って議論が出来る」(是非、葛西先生の対談(特に「IX. 古典学Classicsについて」)も読んでください)。これには是非Yesと答えたいところですが、現時点の私ではいま一つ自信を持って言い切れない部分もあります。日本よりは学部時代に古典学(Classics)を専攻にしている人の数は多くいますが、それでも絶対数は少なく、私が働いている会社でも実際に会うことはあまりありません。また、専攻はしていなくても、ギリシャ語・ラテン語を学んできた人はもっと多くいるでしょうが、私たちが「日本の古文・漢文が普段の仕事にどう繋がっているか」と聞かれても、ストレートな回答が中々難しいように、その「実用性」を見出すのは難しく思えてしまいます。実際にオクスフォードで古典学を専攻し、その後ロンドンで弁護士をしているイギリス人の友人(ちなみにTOPSで出会いました)に同じ質問を向けてみると、「ギリシャに出張に行った時に看板の文字が読めて役に立ったよ」と冗談交じりに言っていましたが、それでは実際的な意味は限定的なのでしょうか。そもそもこの「役に立つ」という言葉は曲者だと思いますが、それでも現時点の私でも言えるのは、一つの物事・テーマを深く考える力を付けたことは確実に役に立っているということです。興味のあるテーマについて深く掘り下げ、先行研究を理解し、問題を整理し、論拠とともに自分なりの考えを提示する(そして、それを英語で行う)。それはTOPS参加時や帰国後(とりわけ卒業論文執筆時)に鍛えられた力ですが、コンサルティング会社に限らず、社会人として仕事を進める上でも最も大事な能力の一つになります。一方で、古典学だけではなく、あらゆる学問において、同様の姿勢・能力は求められると思います。では古典学特有の魅力は何でしょうか。人それぞれによる部分が大きいでしょうが、個人的には「飽くなき知的好奇心」と「他者に対する想像力」が刺激される・養われるということを挙げたいと思います。まず、知的好奇心ですが、あるテーマを深掘りしていく際にも、新しいテーマについて学ぶ際にも、これが最も重要な資質になります。最近YouTubeでオックスフォードの学生に、「あなたがオックスフォードに受かった理由は何だと考えるか」をインタビューした動画を見たのですが(”Asking students how to get into Oxford”と検索すると出て来ます)、皆が挙げる項目を一言でまとめるとこの「知的好奇心」でした。何も心配はいりません。TOPSに参加し、歴史を感じるオクスフォードのコレッジに宿泊し、町を歩き、教員や他の参加者と毎日議論を交わしていると、知的好奇心は全く飽くことを知らないはずです。また、「他者に対する想像力」というのは、グローバル化が進み、日本から一歩外に出ると(あるいは日本の中にいても)全くバックグラウンドの異なる人たちと協力して物事を進めていかなければならない中で、必ず必要になる力です。ある人が発言・行動するときに、それはどのような文脈の中で、どのような動機に基づいてなされたものなのかを想像する。西洋古典学ほどこの力を養うのに最適な学問はありません。遠い昔の時代の、遠い国(もしくはポリス?)に住んでいた、我々からすると圧倒的に「他者」である人々が残した文学、思想、芸術を読み解く中で、その文明やそこでの人々の生活に想いを馳せてみるのは如何でしょうか。TOPSでは長年の開催経験から、徐々に使用するテキスト等も体系化され、日本語で読める参考文献も充実してきていると聞いています。是非そうしたリソースも活用しながら、また、何よりTOPSの現役教員のサポートを最大限に受けて、異国の地(イギリス)から、更に異国の地(ギリシャ)まで旅してみてください。その経験は、必ずしも即効薬のように現実の問題にすぐに「役に立つ」訳ではないでしょうが、思わぬ形で将来自分自身を助けてくれるでしょう(と信じています)。TOPSの参加体験記としてはやや回りくどい書き方になってしまいましたが、ここに書いた内容が少しでもTOPSへの参加やイギリスへの留学を迷われている方の背中を押すことになれば幸いです。(私がまだイギリスにいればですが)是非こちらでお目にかかり、Pub等でご一緒できることを楽しみにしています!