イギリスの大学入試制度について説明してください。当たり前のことですが、大学入試はそれまでの教育制度の在り方に依存していますので、まずイギリスの教育制度全般について説明します。日本とイギリスの教育制度は、大雑把に言って、似ているのですか、それとも根本的に異なるのか。残念ながら、根本的に異なっています。そのため、単に表面的な比較、例えば就学年齢の違い、義務教育年限の違いなどを説明しても無意味です。では一体何が違うか。日本では、義務教育であれ、そうでない場合であれ、学校に一定期間滞在することが必要不可欠であり、かつそれで十分なのです。たとえば、小学校に6年間、中学校に3年間滞在すれば原則として義務教育を終えたものとして卒業証書がもらえます(海外に滞在した場合であっても、卒業は可能です)。義務教育終了の(資格)試験などは一切ありません。高等学校も同様で、3年間滞在すれば、特別の資格(終了)試験なく、大学入学資格がもらえます。逆に、高校を卒業しないと、特別の試験(いわゆる大検)を受けて合格しないと、そもそも大学受験ができません。それとは対照的に、イギリスでは、どのような学校に何年間滞在しようと、極端な場合は全く正規の学校に行かなくても、一定の資格試験を受けて合格すれば大学に入学できます。とはいえ、現実には子供はさまざまな学校に通っています。イギリスにはどのような資格試験があるのですか。第一に、義務教育終了時、GCSE(General Certificate of Secondary Education)、そして大学入学時にいわゆるA Level試験(A=Advanced)の二つがあります。まず、GCSE試験は標準的には11年間(初等教育6年+中等教育5年)の教育の後受験します。平均して15ないし16歳の生徒が10科目程度(数学、物理、化学、生物学、英語、フランス語、歴史、ギリシア語、ラテン語など)を受け、点数ではなくgrade(A+、A、Bなど)によって評価されます。次に、A Level試験を大学入学に際して原則として3教科(実際は4教科、優秀な人は5教科)受けなければなりません。これもgradeによって評価されます(A+、A、Bなど)。最近では、GCSEとA Levelの中間のAS Levelなども知られています。A Levelはたった3教科で良いのですか。そうです。たとえば、数学が得意な人はMaths、Further Maths、Physicsの三つだけ取れば良いのです。点数ではなくgradeによって評価されるとすると、大学入試の合否判定はどのように行われるのですか。大変複雑です。複雑でかつ不可解です。たとえば、大学の合否は実際にA Level試験を受ける前に(条件付きで)決定されます。オックスブリッジでは通常、A+、A、Aが最低条件です。A Level試験をいったい何のために受けるか。一種の能力確認のためですね。実際の合否は志願理由書(personal statement)、オックスブリッジなど人気大学が課す個別学力試験(数学、物理、化学など)ないし適性試験(法学、語学など)、そして面接試験、これらの総合評価です。イギリスにも「滑り止め」という考えはあるのですか。あります。英語でそれをreserveと言います。イギリスは日本のような偏差値序列は大学間にありませんが、実際は歴史、伝統に基づく人気校があります。いうまでもなく、オックスブリッジは別格で、他大学よりも先に合否判定をします。通常、受験生は(だめもとで)オックスブリッジのうちどちらかを第1希望に書き(両方はうけられません)、残り4校を書きます。浪人というのは、かつてはほとんど聞いたことが無かったですが、最近は珍しくありません。ただ、2浪、3浪というのは無いですね。そこで、reserveが必要です。人気のない大学は、定員を埋めるためにA Level試験の発表の後(8月後半)、新学期までの間に必死で入学者を確保します。これは、日本の大学でも同様で、一部の人気大学(学部)を除いて、大多数の大学が2~3月は、「定員」を埋めるために大忙しです。最近私立大学はもちろんのこと国公立大学でも「推薦」が急増している理由の一つは、この労力を省くためです。イギリスに文系・理系の区別はあるのですか。ありますが、日本とは非常に異なります。まず、大学の学科専攻で申しますと、理学工学系が理系であることは日本と同じですが、たとえば哲学、心理学、地理学、経済学などは完全に理系の科目のA Levelを取るのが通常です(特に数学)。その意味では理系といってもいいでしょう。また、法学は理系とも文系ともいえず、実際にはA Level試験で数学などを取る学生は多いです。日本の大学生の7割ないし8割は私立大学の学生で、しかもその大多数はいわゆる文系の学部学科で学んでいます。これらの学部学科は学生確保のために数学を受験科目に課さないので、いつのまにか経済学、哲学、心理学などが「文系」とみなされてしまったのです。イギリスの大学には私立大学はごく少数しかないので、このような誤解が生ずることはありません。そうすると、イギリスの大学受験には文系であれ、理系であれ数学が特別重要になります。TOPSで数学を必修科目としているのはそのためです。大学受験について説明してもらう前に、もう少しイギリスの学校制度などについて説明していただけませんか。前に述べましたように、イギリスの大学入学前の教育制度の基本は、GCSEとA Level試験という二つのいわば国家資格です。1つ目の対談の冒頭で述べたEric Claptonは、16歳のときArtのA Levelを取っています(Eric Clapton, Eric Clapton, The Autobiography, London, 2007, p. 27)。彼はこのあとKingston School of Artに進みましたが、結局中退し、音楽の道を選びました。重要なことは、イギリス(スコットランドは除きます)では、この二つの国家資格を持っているかどうかであって、どの学校に通ったかは社会的には重要ですが、国家としては伝統的にはあまり関心を示さないということです。(最近はもちろん事情は変わってきました。)その結果、イギリスでは実に多様な形態の学校が存在します。大きく分ければ、いわゆる公立か私立かに二分されますが、ご存知のようにいわゆるパブリック・スクールpublic schoolは私立です。