イギリスとの最初の出会いを聞かせてください。まず音楽です。私は1955年(昭和30年)生まれですので、いわゆるビートルズ世代よりは少し若い世代です。イギリスの音楽に興味をもったのは、高校生の時に聴いたレコードの中に当時のいわゆるブリティッシュ・ロックがあったからです。特に「クリームCream」(1966-1968)という当時すでに解散していたグループのファンになりました。まさに1960年代後半から1970年代前半は、ブリティッシュ・ロックの黄金時代でした。1974年4月、私は大学入学のため四国(香川県)から上京しました。その年の10月末、CreamのメンバーであったEric Clapton(1945年3月30日生まれ)が初来日し、日本武道館のコンサートに行きました。つい最近、2023年4月、来日した際も同じ日本武道館のコンサートで元気に演奏しているのを聴き、私もまだ老いぼれてはいけないと奮起しました。 イギリスになぜ留学したのですか。私は大学で法学を学び、卒業後研究者の道を選びました。片岡輝夫先生のおかげで、助手になることができ、私はローマ法を専攻しました。これはあの古代ローマ帝国の法ですが、その後ヨーロッパ大陸で研究され、また裁判でも用いられました。そして、19世紀にはフランス民法典とドイツ民法典の基礎となったのですが、日本の法がモデルとしたのがフランスおよびドイツであったため、伝統的にローマ法は非常に重要な分野です。通常、日本の研究者はドイツかイタリアに留学しますが、私はイギリス(イングランド)に留学しました。ローマ法を研究する為に留学したのではなかったのです(しかし今では、イギリスのローマ法研究も非常に重要だと思っています)。では何を学ぶためにイギリスに留学したのかというと、それは古典学(Classics)です。Classicsについてはあとで詳しく説明しますが、ここでは古代ギリシア・ローマ文化の研究と考えてください。私に古典学という世界があることを教えてくれたのは、久保正彰先生です。留学してみていかがでしたか。「衝撃」でした。それは、私が受けた日本の大学教育との違いがあまりにも大きかったからです。1986年、私はイギリス南西部にあるBristol大学古典学科に学生として留学しました。私の大学での専攻は法学ですから、文学部に属する古典学とは当然雰囲気は異なります。しかし、学問の違いを超えて、その教え方や授業の規模、そして特にチュートリアルと呼ばれる先生とのディスカッション中心の少人数教育に感動しました。すでに留学時に私は新潟大学の助教授でしたから、いわば教師の目と学生の目の両方で日英の大学を比較することができました。この感動がTOPSの原点です。学位(博士号)は取られたのですか。5年かかりましたが、取ることができました。実を申しますと、これは偶然の産物です。当時の、そして今でも続く日本人の典型的留学のパターンは、まず日本の大学を卒業して官庁や企業に就職をし、そのあと大体2年間海外留学をさせてもらいます。自然科学や医学の分野では日本で博士号を取るのが普通ですので、海外では専ら客員(研究員)として留学し、その後偉くなると、客員(招聘)教授として海外の大学で研究をしたり、教えたりします。これに対して文科系の分野では、当時は博士号を取る人はほとんどなく、また、海外留学も2年ですから、修士号はもらえても博士号はもらえません。私の場合はロータリー財団奨学金で留学したので、当時の財団の規定により私は学生として留学しなければなりませんでした。授業料は高く(当時約3700ポンド、1ポンド=約270円)、経済的にもきつかったです。しかし、私は留学をするならば、学生として、かつ学位を目指して留学することを強く勧めます。現在ではイギリスの授業料は年間400万円(25,000ポンド)以上かかります。これくらい授業料が高いと学位を取らずに帰ってくることは考えられませんので、覚悟ができます(もったいない!)。また、イギリスの教育の方法や設備は日本に比べればはるかに充実しています。これらは留学してみないとわかりません。オックスフォードへ留学した経緯を教えて下さい。ブリストル大学留学中から、オックスフォード、ケンブリッジ大学を何度か訪問し、一度はそこで勉強したいと思うようになりました。そこで、普通の人はやらないと思いますが、私は博士論文の口述試験が終わったその足で、審査員の先生(オックスフォード大学ロバート・パーカー教授)と指導教官の教え子(オックスフォード大学ピーター・パーソンズ教授)を訪ね、留学させてほしいとお願いしました。その甲斐あって学位取得後、1年半で憧れのオックスフォード大学に留学することができました(客員研究員1993年11月―1995年1月)。オックスフォードでの生活はどうでしたか?オックスフォードでの生活も驚きの連続でした。よく知られているように、オックスフォード大学やケンブリッジ大学はコレッジの集合体です。出会う人はみな”Which college?”と私に尋ねてきます。ところが、当初私はどのコレッジにも所属していなかったのです。学生として留学すれば、学部生であれ院生であれ必ずどこかのコレッジに所属します。ところが、日本人研究者の多くは学生ではないので、所属するコレッジがありません。自然科学の研究者は専ら学部学科のラボで仕事をしますので、コレッジはあまり重要でないかもしれません。しかし、それでもコレッジに所属してさまざまな専門分野の人と一緒にランチやディナーを食べるという経験は、私は何物にも代えがたい重要なものだと思いますし、このような制度を残している大学は世界でオックスフォードとケンブリッジだけなのです。私は非常に幸運にも、ピーター・パーソンズ先生の推薦により、Christ Churchというコレッジに所属することができました。正式な身分はMember of Senior Common Roomといって、食事権(有料)とゲストの招待権およびコモン・ルーム使用権を享受することができました。fellowのような正式の身分ではありませんが、それでも私にとっては涙が出るほどありがたい身分でした。TOPSでディナーをこのChrist ChurchのHall(ハリー・ポッターの舞台)で食べることができるのも、これがきっかけです。